2019年12月24日火曜日

水泳は抵抗ゲーム

水泳,ここでは速く泳ぐことを目的にした競泳を考えてみます.

当然,タッチするまでの時間が短ければよいわけで,実際にはその間にどんな速度変化をしたのか,すなわちレースペースともいうべきものは最終結果だけをみればどうでもよい.

しかし,誰もが知っているように泳距離に応じて,その選手にあったペース配分というものがあるのも事実である.「ラップを刻む」とも言うかもしれない.大域的にみてこのペース配分は,どんな速度で区間を泳ぐか?に尽きる.その単位は25m単位か50m単位かによる.コーチをしていた経験からすると概ね50mごとのスプリットタイム(ラップタイムはいわゆる通過時間であって,各区間の所要時間がスプリットタイム)でこれを把握することが多い.

さて,うまい具合にスプリットタイムが「刻めたとしても」,実は水泳は速度をいかにして落とさないで泳ぐのか?が課題のスポーツである.競泳では「スタート,ターンでのみ」加速して初期の速度を得ることができる.スタートではだいたい水面への突入速度が4m/s,ターンでは技量にもよるが速ければ3m/s程度の速度を得ることができる.

ところが,飛び込んだ直後,ターンで足離れした直後から減速が始まる.この減速は言わずと知れた水の抵抗によって生じる.水の抵抗と一言で言ってもその要因はいくつかあって,ここでは詳細に触れないが,圧力抵抗,摩擦抵抗,造波抵抗くらいがその大半を占めている.当然太っていれば流れに対する面積が大きくなって得策ではないし(圧力抵抗が増加),「バシャバシャ」と水しぶきを上げるのも得策ではない(造波抵抗が増加).

生身の体では絶対にスタート突入時,ターン足離れ時の速度に到達できないだろうから(フィンスイミングでは実はターン後の速度を泳速度が上回る),水泳選手は技術を駆使して抵抗を減らす,減速をしない努力をしなければならない.

そして区間で「およそ一定の速度」で泳いでいるときを考えれば,1周期では受ける抵抗の総和と,生み出す推進力の総和が釣り合っている.すなわち(推進力の時間的な総和)=推進力の力積,(抵抗力の時間的な総和)=抵抗力の力積,の差引きがゼロ,である.

ここから何が言えるのか?というと,抵抗を減らすことは,直接的に推進力を小さくすることができる,ということを意味している.

「小さな抵抗 = 小さくても良い推進力」

である.ここで泳いでいる泳者,つまり前に進んでいる泳者を考えると全く推進力を発揮していない場合,例えば「けのび」のような時であっても抵抗は作用する(受ける)が,推進力は必ずしも水泳の動作中の1周期の間で発揮し続けられるわけではない.平泳ぎであれば,リカバリー局面(呼吸が終わって腕を前に伸ばし,その腕が前方に伸ばし切るまで.つまりかき終わった手が前方の位置に戻るまで)では,キックが行われることから一般的には平泳ぎの推進力が最大になる瞬間がやってくるとされる.

平泳ぎは技術が重要,というのは多くの水泳人が理解しているが,その本質的な意味を理解している人はあまり多くない.

繰り返すが,リカバリ局面ではキック動作が行われる.すなわちここで平泳ぎは最大推進力を得ることができる.ところがその時に上半身が立ち上がっているような姿勢(まだ息をしているような姿勢,つまり遠泳の平泳ぎみたいに)であると,アクセルを踏んでいるのにブレーキも一緒に踏んでいるのと同じなので,これは避けた方が良い.そこで,呼吸をしたらいち早く両腕を前方に伸ばし,さらに上体も前に倒して上半身をできるだけ「けのび」の姿勢に持ち込んで「から」,キック動作を行うと

「小さな抵抗」に「大きな推進力」

を生み出すことができるので得策である.1990年代前半にマイク・バローマンというハンガリーの平泳ぎ選手がその元祖とも言える泳ぎ方である.現代の平泳ぎ選手はおよそ,これに近い泳ぎ方をしていると言える.

しかしながら,先ほど述べたように「減速さえしなければよい」ので,「小さな抵抗」であれば,「小さな推進力」であっても現在の速度,正確には1周期分の平均速度を維持できる.つまり,「小さなキック力」であっても高い速度を維持できる.

こうして,水泳ではいかにして「小さな抵抗」の姿勢,しかも全身でみたときの姿勢をどのように作り出すか?ということが自分自身が出さなければならない要求される出力を支配していると言えるため,「抵抗ゲーム」なのである.

さらに,これに追記してなぜ小さな推進力であった方がよいのか?という理由は他にもあるのだが,長くなるので今回はここまで.

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