2020年4月17日金曜日

オンライン授業と兵法家伝書

一昨日行った,「オンラインでの水泳指導,水泳トレーニングを考える」,というZoom呑ミーティングは30人弱を集めて色々な立場の抱える課題を持ち寄ることで,各人のもつ課題の多様性を認識して,自分がどのように水泳に関わるか?というのが参加者にはぼんやりとでも感じ取れたのではないか?と個人的には思っています.

「水泳の技術と技能」という拙作のFacebookページでも書きましたが,スポーツは「頭」で「身体」を動かすわけで,オンラインを続けることで,「強く」なれるとは思えませんが,「巧く」なれるとは思っています.

武道では古くからその教えは一子相伝だったり,口伝であったものが,やがては書物に書き表されるようになりましたが,江戸時代になり,柳生宗矩によって「兵法家伝書」に柳生新陰流における技の「図解」が行われたことで,剣士たちは驚いたとともに,それまでなかなか知り得なかった技の習得が容易になった,とのこと(これは江戸時代の人に聞いたわけではないので定かではないが).文章に「挿絵」と解説が加わっただけで400年前は驚きだったということ.

今は動画を見ることもできますし,さらにはお金さえかければ,水中でもモーションキャプチャーで動きを捉えることができますが,しかしながら,それは単に挿絵だったものが自分自身の映像やアバターになってるだけで,それを見たところで,「どうやって泳げば速く泳げるのだろうか?」という答えは見つかりません.
見つからないので,選手は「自分の身体」を使って試行錯誤し,コーチは「他人の身体」を使って試行錯誤しています.

身体を動かすのは,言うまでもなく「脳」であって,脳から出てくる筋肉を動かす命令(筋電位といいますが),は当たり前ですが,自分の身体を動かす選手だけができる.コーチはあたかも選手の脳をハッキングするかのごとく,選手の身体を意のままに動かす,ということを,「言葉」や「模範動作(示範)」や,そして「挿絵」や「動画」でやるわけですが,動画を見せても,アニメーションになったモーションキャプチャー動画を見せるだけは,選手が巧く泳げっこないことは,明らかなので,「言葉」や「示範」といったことに,未だ追いついていない,という状況です.

インターネットを使って水泳指導,という高いハードルを超えるには,「言葉」が重要であろう,という気がします.これが実は人が喋る言語だけが言葉である,と思わないことが重要で,スポーツバイオメカニクスという,ニッチな分野に籍を置く私の立場から言わせてもらえれば,数学は抽象化されて,まったく誤解を生まないシンプルな言語であるとも言えます.「数値を見せて,数理で語る」ということになりましょうか.
水泳とは全く関係ないですが,兵法家伝書はお勧めの書です.

https://www.amazon.co.jp/%E5%85%B5%E6%B3%95%E5%AE%B6%E4%BC%9D%E6%9B%B8%E2%80%95%E4%BB%98%E3%83%BB%E6%96%B0%E9%99%B0%E6%B5%81%E5%85%B5%E6%B3%95%E7%9B%AE%E9%8C%B2%E4%BA%8B-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9F%B3%E7%94%9F-%E5%AE%97%E7%9F%A9/dp/4003302613/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

2019年12月24日火曜日

水泳は抵抗ゲーム

水泳,ここでは速く泳ぐことを目的にした競泳を考えてみます.

当然,タッチするまでの時間が短ければよいわけで,実際にはその間にどんな速度変化をしたのか,すなわちレースペースともいうべきものは最終結果だけをみればどうでもよい.

しかし,誰もが知っているように泳距離に応じて,その選手にあったペース配分というものがあるのも事実である.「ラップを刻む」とも言うかもしれない.大域的にみてこのペース配分は,どんな速度で区間を泳ぐか?に尽きる.その単位は25m単位か50m単位かによる.コーチをしていた経験からすると概ね50mごとのスプリットタイム(ラップタイムはいわゆる通過時間であって,各区間の所要時間がスプリットタイム)でこれを把握することが多い.

さて,うまい具合にスプリットタイムが「刻めたとしても」,実は水泳は速度をいかにして落とさないで泳ぐのか?が課題のスポーツである.競泳では「スタート,ターンでのみ」加速して初期の速度を得ることができる.スタートではだいたい水面への突入速度が4m/s,ターンでは技量にもよるが速ければ3m/s程度の速度を得ることができる.

ところが,飛び込んだ直後,ターンで足離れした直後から減速が始まる.この減速は言わずと知れた水の抵抗によって生じる.水の抵抗と一言で言ってもその要因はいくつかあって,ここでは詳細に触れないが,圧力抵抗,摩擦抵抗,造波抵抗くらいがその大半を占めている.当然太っていれば流れに対する面積が大きくなって得策ではないし(圧力抵抗が増加),「バシャバシャ」と水しぶきを上げるのも得策ではない(造波抵抗が増加).

生身の体では絶対にスタート突入時,ターン足離れ時の速度に到達できないだろうから(フィンスイミングでは実はターン後の速度を泳速度が上回る),水泳選手は技術を駆使して抵抗を減らす,減速をしない努力をしなければならない.

そして区間で「およそ一定の速度」で泳いでいるときを考えれば,1周期では受ける抵抗の総和と,生み出す推進力の総和が釣り合っている.すなわち(推進力の時間的な総和)=推進力の力積,(抵抗力の時間的な総和)=抵抗力の力積,の差引きがゼロ,である.

ここから何が言えるのか?というと,抵抗を減らすことは,直接的に推進力を小さくすることができる,ということを意味している.

「小さな抵抗 = 小さくても良い推進力」

である.ここで泳いでいる泳者,つまり前に進んでいる泳者を考えると全く推進力を発揮していない場合,例えば「けのび」のような時であっても抵抗は作用する(受ける)が,推進力は必ずしも水泳の動作中の1周期の間で発揮し続けられるわけではない.平泳ぎであれば,リカバリー局面(呼吸が終わって腕を前に伸ばし,その腕が前方に伸ばし切るまで.つまりかき終わった手が前方の位置に戻るまで)では,キックが行われることから一般的には平泳ぎの推進力が最大になる瞬間がやってくるとされる.

平泳ぎは技術が重要,というのは多くの水泳人が理解しているが,その本質的な意味を理解している人はあまり多くない.

繰り返すが,リカバリ局面ではキック動作が行われる.すなわちここで平泳ぎは最大推進力を得ることができる.ところがその時に上半身が立ち上がっているような姿勢(まだ息をしているような姿勢,つまり遠泳の平泳ぎみたいに)であると,アクセルを踏んでいるのにブレーキも一緒に踏んでいるのと同じなので,これは避けた方が良い.そこで,呼吸をしたらいち早く両腕を前方に伸ばし,さらに上体も前に倒して上半身をできるだけ「けのび」の姿勢に持ち込んで「から」,キック動作を行うと

「小さな抵抗」に「大きな推進力」

を生み出すことができるので得策である.1990年代前半にマイク・バローマンというハンガリーの平泳ぎ選手がその元祖とも言える泳ぎ方である.現代の平泳ぎ選手はおよそ,これに近い泳ぎ方をしていると言える.

しかしながら,先ほど述べたように「減速さえしなければよい」ので,「小さな抵抗」であれば,「小さな推進力」であっても現在の速度,正確には1周期分の平均速度を維持できる.つまり,「小さなキック力」であっても高い速度を維持できる.

こうして,水泳ではいかにして「小さな抵抗」の姿勢,しかも全身でみたときの姿勢をどのように作り出すか?ということが自分自身が出さなければならない要求される出力を支配していると言えるため,「抵抗ゲーム」なのである.

さらに,これに追記してなぜ小さな推進力であった方がよいのか?という理由は他にもあるのだが,長くなるので今回はここまで.

ご意見がある方,聞いてみたい疑問のある方はお気軽に.

2014年9月21日日曜日

背泳ぎのスタート技術 【3:背泳ぎスタートの必要要件】

単純に,図をみて理解しましょう.図には,方向が示されていますが,慣例に従って,スタート台からターンサイドをみて,右手方向をX,進行方向をY,上方向をZにとります.そしてそれらの方向を示す軸を,X軸,Y軸,Z軸とします.こうするとのちの理解がしやすくなります.
背泳ぎでは,壁を蹴って進行方向(Y方向)へと飛び出しますが,もしも水の中を進むようなスタートをすれば,つまり練習中のスタートのようなイメージです,けのび姿勢をとるでしょう.
しかし,背泳ぎスタートは,もっと勢いよく初速度を得たいので,水の抵抗を避けるために,水上へと向かって上向き(Z方向)へと飛出します.つまり,Z方向に向かって力を発揮しなければなりません.こう考えると,進行方向(Y)と上方向(Z)の両方に向かう力を発揮しなければ,背泳ぎのスタートが成立しないことがわかります.どうやったら,上方向に跳び出せるのか?ということと,それに関連して構えの姿勢をどうすればよいのか,ということをこのあと述べます.

Y方向とZ方向,つまり斜め上に向かって跳び出すだけではなく,もうひとつ必要なことがあります.それは,斜め上に「万歳」をして跳び出したままではいけない,ということです.跳び出したときの姿勢は,指先は斜め上の空の方向を向かっていますが,入水するときには,今度は水面の方向へ向かなければいけません.つまり,身体全体が回転してくれなければならない,ということです.これが「ヒジョーに」重要です.


進行方向をY軸の正の方向,とすると,スターティングブロックの方向は負の方向となります.つまり軸には方向があります.実は回転にも方向があります.背泳ぎの身体の回転はどんな方向でしょうか?先ほど,右手に向かう方向をX方向と決めましたが,回転はこのX軸まわりのことを指していました.軸まわりの回転のうち,右ネジが進む方向を正の方向とみなす,という慣例に従うと,背泳ぎのスタートのときの回転は,X軸まわり負の回転ということになります.もっと分かりやすく言うと,この図では選手は反時計回りに回転していますが,この回転の向きをX軸まわりに負の回転を行なう,とします.

YZ方向の正の方向へと跳び出す,ということと,X軸まわりに負の方向へ回転することが背泳ぎスタートに要求される要件です.

Y方向にキック力が必要.Z方向にもキック力(正確にはのちに説明)が必要は理解しやすいです.では,X軸まわりに負の方向に回転するには,どうすればよいのでしょうか?それは,30cm物差し,持ってくれば理解出来ます.

30cm定規の端っこ,から反対の端っこに向けて指で押してみます.定規は「まっすぐ」したまま横に移動します.水平移動ですね.つまり力の向きはちょうど30cm定規の「重心」に向かっている状態です.ところが,ちょっと力の方向を変えてみます.すると同じ力を入れたにしても,定規はクルリと回りながら,水平移動します.つまり重心をはずれた方向に力が加わると,「並進運動+回転運動」が生じます.


30cm定規を,ヒトの身体に置き換えてみます.蹴った力が「まっすぐに」重心に向かうと,身体は「まっすぐ」,姿勢を変えることなく跳んでいきます.蹴った力の方向が重心をはずれると,身体は「並進運動しながら,回転運動」して跳んでいきます.つまり,背泳ぎのスタートには,この並進運動+回転運動が必要であることがわかります.

背泳ぎのスタート技術 【2:垂直跳びが跳べると有利】

スターティングブロックから飛び降りて,重力による位置エネルギ(ポテンシャルエネルギ)を得られる,他の種目とは異なり,最初の初速度を得るのが自分の「脚力」,正確には「脚パワー」によらなければならない,ということから,単純には垂直跳びで高く跳べる選手に有利です.ただし,それは技術が伴っていれば,ということに目を向けないといけません.ちなみに,私は学生時代は垂直跳びが90cm跳べたのですが,背泳ぎスタートなど練習したこともなく,ヘタクソでした.

どの程度垂直跳びが跳べることが必要か,ということは単純には理解出来ませんが,少なくとも選手がどの程度の脚パワーを持っているのかを知る意味で,垂直跳びの高さを知っておくとよいでしょう.なかには長距離に向いた筋特性で,極端に跳べない人(15cmとか)もいるはずです.すぐに,ディスタンス種目に,あるいはオープンウォーターに勧誘しましょう.

背泳ぎのスタート技術【1:疑問,出発点】

【なぜ,背泳ぎのスタートは難しいのか?】
一旦,水上に飛出したあと,一点入水するための技術的なポイントはどこにあるのか?
ルール改正によって,スタート用バーが導入された場合,どのようなことが予想出来るか?どんな選手にとってメリットが出るか?
具体的にどうすれば,巧い,つまり速い背泳ぎのスタートが実現出来るのか?

こんな疑問を考えてみたいと思います.それには下準備として,少し力学的な発想が必要なので,小出しにしながら,質問があれば理解が得られてない,と考えて少しずつ考えて行きたいと思います.


具体的には,技術的に重要な,そして面白いことが4,5点あります.現在の研究テーマのひとつです.

【背泳ぎの特徴】
なぜか,背泳ぎだけがルールによって,水中からのスタートを義務づけられています.文句を言っても仕方がありません.そういうものなのです.後ろ向きな人がやる種目,というわけではありませんが,後ろ向きに(正確には裏返し)進みます.一緒に泳いでいる人のうち,先行している人を見にくい,というのも背泳ぎの特徴です.これはボート競技にも似ていますが,先行していることで心理的に有利になる,ということはボート競技の特性でボート競技では絶対にスタートダッシュで先頭を奪う努力をします.さもなければ,自分達が一体どのくらい,相手から離れているか,知ることが出来ないからです.背泳ぎ選手ではなかったので,先行されるとどのくらい心理的にダメージを受けるのか,わかりませんが,聞いてみたいところです.ちなみに,ボート競技については,デビッド・ハルバースタム著,「栄光と狂気―オリンピックに憑かれた男たち」(1987) に描かれています.「栄光と狂気」はスポーツを題材にした実話のなかで,私は傑作だと思います.古い本ではありますが,スポーツ選手やコーチなら,魂を揺すぶられることは間違いないと思います.怪我で数年も水泳から離れていたとき,大いに励まされました.

いきなり余談になってしまいましたが.背泳ぎは少々違うことを泳ぎの技術とは違う側面から書いてみました.ほんとは単に,「栄光と狂気」を読んで欲しいだけでした..

ここからは,背泳ぎスタートのメカニクスに関する話です.泳ぎのメカニクスについても,背泳ぎは,裏返しになってるだけと思いがちなクロールと大変異なる点があり,スタートの話題が終わらせることが出来たら,書いてみたいと思います.

2014年9月20日土曜日

水泳の技術と技能

卒論生が,背泳ぎのスタート技術の分析に取り組み始めたのを契機に,水泳の技術と技能についての自分なりの見解を書き綴ろうと思い立った.

水泳に限らずスポーツの指導現場では,「いいね!」というコーチの評価によって選手の技能が指導されているのが現状である.「いいね!」と言われた選手もときとして,別のコーチにみてもらって,「よくないね!」と言われたりして,磨き上げてきた技能に疑問を覚えることが多々ある.

水泳以外の研究も多く手がける私の研究での目標は,すべからくスポーツは客観的な評価基準に基づくべきだ,という理念で研究を進めている.「エビデンスベースド・コーチング」,「エビデンスベースド・トレーニング」である.

そうは言っても,ありとあらゆる疑問点について自分で検証実験しているわけでもないし,先行研究がすべてわたし自身の感じている疑問について検証してくれているわけではないと言うこともあり,エビデンスと言いつつも心許ない.

そこで,ここでは力学の原理,流体力学的な観点からみた定性的な議論を中心に水泳の技術と技能を解説していきたい.ネタを披露するという側面もたぶんにあるが,理詰めで水泳の技術について解説していきたい.

技術と技能がどう違うのか,ということについては,時機に詳しく解説したい.

学生時代から書き溜めた原稿もあるのだが,それは追々見直した上で投稿したいと思う.