2014年9月21日日曜日

背泳ぎのスタート技術 【3:背泳ぎスタートの必要要件】

単純に,図をみて理解しましょう.図には,方向が示されていますが,慣例に従って,スタート台からターンサイドをみて,右手方向をX,進行方向をY,上方向をZにとります.そしてそれらの方向を示す軸を,X軸,Y軸,Z軸とします.こうするとのちの理解がしやすくなります.
背泳ぎでは,壁を蹴って進行方向(Y方向)へと飛び出しますが,もしも水の中を進むようなスタートをすれば,つまり練習中のスタートのようなイメージです,けのび姿勢をとるでしょう.
しかし,背泳ぎスタートは,もっと勢いよく初速度を得たいので,水の抵抗を避けるために,水上へと向かって上向き(Z方向)へと飛出します.つまり,Z方向に向かって力を発揮しなければなりません.こう考えると,進行方向(Y)と上方向(Z)の両方に向かう力を発揮しなければ,背泳ぎのスタートが成立しないことがわかります.どうやったら,上方向に跳び出せるのか?ということと,それに関連して構えの姿勢をどうすればよいのか,ということをこのあと述べます.

Y方向とZ方向,つまり斜め上に向かって跳び出すだけではなく,もうひとつ必要なことがあります.それは,斜め上に「万歳」をして跳び出したままではいけない,ということです.跳び出したときの姿勢は,指先は斜め上の空の方向を向かっていますが,入水するときには,今度は水面の方向へ向かなければいけません.つまり,身体全体が回転してくれなければならない,ということです.これが「ヒジョーに」重要です.


進行方向をY軸の正の方向,とすると,スターティングブロックの方向は負の方向となります.つまり軸には方向があります.実は回転にも方向があります.背泳ぎの身体の回転はどんな方向でしょうか?先ほど,右手に向かう方向をX方向と決めましたが,回転はこのX軸まわりのことを指していました.軸まわりの回転のうち,右ネジが進む方向を正の方向とみなす,という慣例に従うと,背泳ぎのスタートのときの回転は,X軸まわり負の回転ということになります.もっと分かりやすく言うと,この図では選手は反時計回りに回転していますが,この回転の向きをX軸まわりに負の回転を行なう,とします.

YZ方向の正の方向へと跳び出す,ということと,X軸まわりに負の方向へ回転することが背泳ぎスタートに要求される要件です.

Y方向にキック力が必要.Z方向にもキック力(正確にはのちに説明)が必要は理解しやすいです.では,X軸まわりに負の方向に回転するには,どうすればよいのでしょうか?それは,30cm物差し,持ってくれば理解出来ます.

30cm定規の端っこ,から反対の端っこに向けて指で押してみます.定規は「まっすぐ」したまま横に移動します.水平移動ですね.つまり力の向きはちょうど30cm定規の「重心」に向かっている状態です.ところが,ちょっと力の方向を変えてみます.すると同じ力を入れたにしても,定規はクルリと回りながら,水平移動します.つまり重心をはずれた方向に力が加わると,「並進運動+回転運動」が生じます.


30cm定規を,ヒトの身体に置き換えてみます.蹴った力が「まっすぐに」重心に向かうと,身体は「まっすぐ」,姿勢を変えることなく跳んでいきます.蹴った力の方向が重心をはずれると,身体は「並進運動しながら,回転運動」して跳んでいきます.つまり,背泳ぎのスタートには,この並進運動+回転運動が必要であることがわかります.

背泳ぎのスタート技術 【2:垂直跳びが跳べると有利】

スターティングブロックから飛び降りて,重力による位置エネルギ(ポテンシャルエネルギ)を得られる,他の種目とは異なり,最初の初速度を得るのが自分の「脚力」,正確には「脚パワー」によらなければならない,ということから,単純には垂直跳びで高く跳べる選手に有利です.ただし,それは技術が伴っていれば,ということに目を向けないといけません.ちなみに,私は学生時代は垂直跳びが90cm跳べたのですが,背泳ぎスタートなど練習したこともなく,ヘタクソでした.

どの程度垂直跳びが跳べることが必要か,ということは単純には理解出来ませんが,少なくとも選手がどの程度の脚パワーを持っているのかを知る意味で,垂直跳びの高さを知っておくとよいでしょう.なかには長距離に向いた筋特性で,極端に跳べない人(15cmとか)もいるはずです.すぐに,ディスタンス種目に,あるいはオープンウォーターに勧誘しましょう.

背泳ぎのスタート技術【1:疑問,出発点】

【なぜ,背泳ぎのスタートは難しいのか?】
一旦,水上に飛出したあと,一点入水するための技術的なポイントはどこにあるのか?
ルール改正によって,スタート用バーが導入された場合,どのようなことが予想出来るか?どんな選手にとってメリットが出るか?
具体的にどうすれば,巧い,つまり速い背泳ぎのスタートが実現出来るのか?

こんな疑問を考えてみたいと思います.それには下準備として,少し力学的な発想が必要なので,小出しにしながら,質問があれば理解が得られてない,と考えて少しずつ考えて行きたいと思います.


具体的には,技術的に重要な,そして面白いことが4,5点あります.現在の研究テーマのひとつです.

【背泳ぎの特徴】
なぜか,背泳ぎだけがルールによって,水中からのスタートを義務づけられています.文句を言っても仕方がありません.そういうものなのです.後ろ向きな人がやる種目,というわけではありませんが,後ろ向きに(正確には裏返し)進みます.一緒に泳いでいる人のうち,先行している人を見にくい,というのも背泳ぎの特徴です.これはボート競技にも似ていますが,先行していることで心理的に有利になる,ということはボート競技の特性でボート競技では絶対にスタートダッシュで先頭を奪う努力をします.さもなければ,自分達が一体どのくらい,相手から離れているか,知ることが出来ないからです.背泳ぎ選手ではなかったので,先行されるとどのくらい心理的にダメージを受けるのか,わかりませんが,聞いてみたいところです.ちなみに,ボート競技については,デビッド・ハルバースタム著,「栄光と狂気―オリンピックに憑かれた男たち」(1987) に描かれています.「栄光と狂気」はスポーツを題材にした実話のなかで,私は傑作だと思います.古い本ではありますが,スポーツ選手やコーチなら,魂を揺すぶられることは間違いないと思います.怪我で数年も水泳から離れていたとき,大いに励まされました.

いきなり余談になってしまいましたが.背泳ぎは少々違うことを泳ぎの技術とは違う側面から書いてみました.ほんとは単に,「栄光と狂気」を読んで欲しいだけでした..

ここからは,背泳ぎスタートのメカニクスに関する話です.泳ぎのメカニクスについても,背泳ぎは,裏返しになってるだけと思いがちなクロールと大変異なる点があり,スタートの話題が終わらせることが出来たら,書いてみたいと思います.

2014年9月20日土曜日

水泳の技術と技能

卒論生が,背泳ぎのスタート技術の分析に取り組み始めたのを契機に,水泳の技術と技能についての自分なりの見解を書き綴ろうと思い立った.

水泳に限らずスポーツの指導現場では,「いいね!」というコーチの評価によって選手の技能が指導されているのが現状である.「いいね!」と言われた選手もときとして,別のコーチにみてもらって,「よくないね!」と言われたりして,磨き上げてきた技能に疑問を覚えることが多々ある.

水泳以外の研究も多く手がける私の研究での目標は,すべからくスポーツは客観的な評価基準に基づくべきだ,という理念で研究を進めている.「エビデンスベースド・コーチング」,「エビデンスベースド・トレーニング」である.

そうは言っても,ありとあらゆる疑問点について自分で検証実験しているわけでもないし,先行研究がすべてわたし自身の感じている疑問について検証してくれているわけではないと言うこともあり,エビデンスと言いつつも心許ない.

そこで,ここでは力学の原理,流体力学的な観点からみた定性的な議論を中心に水泳の技術と技能を解説していきたい.ネタを披露するという側面もたぶんにあるが,理詰めで水泳の技術について解説していきたい.

技術と技能がどう違うのか,ということについては,時機に詳しく解説したい.

学生時代から書き溜めた原稿もあるのだが,それは追々見直した上で投稿したいと思う.